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ホーム西園寺昌美 - プロフィール : 守護神と一体の体験

守護神と一体の体験
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凄絶な業(ごう)の浄めと修業に耐える
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五井 昌久

私の養女、昌美は琉球王朝の末孫の為か、琉球関係の業(ごう)の渦を一身に背負うようなことになりまして、十代後半から体が硬直してしまい、しゃベることも身動きもできなくなってしまうような病気が時折り起り、医師も手のつけようのない状熊になってしまいました。
そこで私が霊的に直すより仕方がないと思って、市川の道場にあずかって、日夜この看護につとめることになったのです。しかしこれは、地球援助の神々や昌美の守護神方が、昌美を地球救済の大きな力にしようと思われて、琉球の業の浄めと同時に、守護の神霊や宇宙天使との交流を完全なものとしようとなさって、私にあずけられたわけなのであります。
この業の浄めと、神々が昌美に行わせた修業のすさまじさは、言語に絶するものでありまして、周囲で私の助手をしていた高橋君や藤井さんも、しばしばみていられなくなるような人間離れのしたものでした。
こうした人間離れのした浄めと修業に耐えつづけて、昌美は遂に今日の指導者としての立場を頂いたのであります。昌美は神々や守護の神霊と人間との関係を、知識としても体験としても自分のものとしたのでした。
私が今日こうなったのは、若い時から自分から望んで生命を投げ出して得たもので、どのような事態が起ろうと、すべて受けて立とうという気構えからはじまり、遂にはその気構えさえもない、空即是色の人間になってしまったわけで、辛さも苦しさもありませんでしたが、昌美のように表面意識としては、自分の方から望みもしないことを、一番楽しみを満喫できる年頃から、あの凄絶ともいうべき修業をやらされたのですから、普通の女性だったら、とても耐えてゆけるものではありません。
浄めつづけている私が息をつめてしまうような時でも、平然として想いを動かさずにいたようで、今更ながら想いかえしては、その頃の昌美をほめる気持で一杯になってしまいます。

自叙伝『明日はもっと素晴しい』の序文より抜粋


太陽が胸の中に入って守護神の声をきく
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西園寺 昌美

苦しい試練
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二十歳になると、成人式をこのごろは華やかにお祝いしています。その時がくるといつも思い出すのですが、私の成人式の時は、自分の部屋で、毎日毎日いつ死ぬかわからない、苦しみの連続でした。手は震えつづけ、物は食べられない、いつどうなるかわからない、という辛い、暗黒の生活が続いていました。私自身の苦しみの上に加えて、私がいるために両親に迷惑をかけ、妹はちょうど大学の受験期に入り、勉強しなければならない時なのに、お姉さまのためと、私の看護をしてくれ、兄も優しくいたわってくれました。両親の愛、兄弟の愛が全部私一人にかかっていました。
いつ治るか、本当に治るのかという見通しも立たず、毎日毎日生きるか死ぬかの大変な苦しみの連続なので、父は、大病院に預けて、この子がもし死んだとしてもそれはあきらめることができる。でも素人療法しているんでは、ということで両親はいさかい、二階と下の別居生活となり、母は全然下に降りてゆかなくなりました。
その前に私はお医者さんにかかったのですが、異常はないといわれ「霊病だから、私じゃなければ治せないから」と五井先生はおっしゃったので、先生の教えに従ったわけなのです。家庭の様子がおかしいなと思って気づいたら、すべて自分の病気が原因で、今まであんなにバラ色だった幸せな家族が、そんなに暗黒になってしまっていたのです。
その年の新年は目が見えず、お餅もいただけず、ただ五井先生が一日一回は必ずかけて下さるお電話の「神さまは必ず救って下さるから頑張って下さい」という励ましのお言葉に励まされ、今はどんなに暗黒の生活が続いてもこれが一生続く筈はないんだ、必ず神さまは守って救って下さるんだ、と自分にいい聞かせいい聞かせ、その時初めて神さまの愛を真剣に信じ行じました。
ただそれだけしか救いがないわけですから、寝ても覚めても、神さま神さま、神さまは必ず救って下さる、だけでした。でも神さまはなかなか現われて下さらないし、病状は悪化を辿るだけで、ますます苦しくなり、痩せ細って、五十三キロあったのが三ケ月の間に三十キロ代になり、骨と皮だけになって、目はかすみ、人の話も聞きとれなくなって、死の世界にだんだん深く入ってゆく一方でした。
でも心の中はハッキリしていて、必ず神さまは救って下さる、と信じきっていました。今でも不思議だと思うのですが、私はどんなに苦しくても、神さま病気を治して下さいとか、神さまこうして下さいとか、神さまに自分の願いごとをしたことは一ぺんもないのです。ただ自分を人のために役立たせて下さい、そのためには人格が立派でないから、どうか立派にさせて下さい、ということはお願い致しましたけれど、これこれをこうして下さいという欲望の願いごとは、今反省しても何一つないんです。ただ神さま有難うございました、神さまありがとうございました、だけでした。
そうするうちにますますひどくなって行きましたが、自分はどんな苦しみでも耐えられる、自分は必ず神さまが救って下さる、はたからみてどんな苦しみであっても大丈夫だと、心は大変明るかったのです。


死を願った
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でもその時、神さまに一つだけお願いしました。自分はどんな苦しみでも勝てる自信があるし、神さまのみ心ならいつあの世へいっても構わない、どんな苦労でも苦労としない明るい心があるから耐えていかれますけれど、なぜ神さま、両親や兄妹が私のために道づれになって、苦しい生活を辿らなければならないのですか、自分はいつも神さまと一緒ですから大丈夫ですけれど、大事な大事な両親や兄妹に迷惑をかけてまでも、命を永らえようとは思いません、もうこのへんで決まらなかったら、私はこれ以上生きていたくないのです、と神さまにお願いしました。
目が見えない時なので、何かのときに妹に剃刀を持ってきて貰いました。それは別に自殺するつもりはなかったのですが、ああそうだ、自分がいるためにこんなに家族に迷惑をかけ、苦しい生活をさせている。だから私は、神さまの許に行こうと、死ぬつもりで手首に剃刀を押し当てようとしたのです。
自分がいるために周りが明るくなってゆくというのでしたら、そこで、自分はどんなに苦しみを背負っても、少しも苦しみではないわけですし、私はその苦しみを通り抜ける強さを授かっているわけですから、少しもくじけません。けれども自分のために周りを苦しめるというのでしたら、不本意ですから、死のうと思い、その時一回だけ自分の手で自分の命を絶とうとしました。
けれど母が「何をするの」と泣き泣き止めて「昌美ちゃんが死ねば、私も一緒に死ぬつもりなのよ、そこまで私は先生におまかせしているのよ」といいました。母はとうに覚悟を決めていたようです。私が死んだら、その場であとを追うつもりだったと聞かされ、母の愛になんて感謝していいかわからない、母のためにも生きなければと思いました。それが成人式の前のことでした。
自分の命を自分で断つということはいけない、とまた改めて生き直そうと神さまの愛を信じ直し、そうだ必ず神さまはなんとかして下さると、本来の明るさを取り戻して、神さま神さまと呼びつづけていました。


太陽が胸の中に入って守護神の声をきく
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成人式の何日か前のことです。私の寝ているベットの窓ガラスの所に、太陽がパアーッと見えてきました。その時は視力が少し回復していて、ああ太陽なんだ、太陽が輝いている、太陽は心も体も温かく溶かしてくれる、なんて有難いんだろうなあ、今まで太陽の恩恵に気づかなかったけれど、いつも太陽はこうやって明るく輝いているんだ、太陽さん有難う、有難う。そう思っていた時、その太陽がダーっと近づいてきました。ああ太陽が落っこちてくると思っていると、それがますます自分に迫ってくるのです。どんどん太陽が近づいてきて、あっと思った時、私の中へ太陽が入りました。そしてその時に守護神さまのお姿がばあーっと見えました。
「こうやってお前には私がついている。これがお前の守護神の姿だ。こうやって守護神というのは人間の背後に誰にでもいつもついて守っているものだ。今まで苦しかっただろうけれどお前には役目がある。もうお前は他になんにもしなくていい、ただ守護霊守護神の存在することを説きなさい。お前は自分の目で確かめて守護神を見ているんだから、それを説くことが、これからお前の一生の役目なんだ」
守護神さまから教えていただいた時、私は、すばらしい優しい包容力につつまれて、ああいい気持だな、有難いなと思いました。


守護神さまのお力を見せられる
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更に守護神さまは一言おっしゃいました。
「今まで何回も苦しんできたけれど、一月十五日のお前の成人式の日に、はじめて一日だけ発作はなくなるだろう」
そしてパッと消えました。その発作というのは、皆さまにはおわかりにならないでしょうが、大変な苦しみなのです。心臓はドキドキするし、手も体中も震えがとまらず、吐きつづけ何も口に入らない。常に背後の何かの力で動かされて、中気みたいに震えが止まらないわけです。「ママねえ、一月十五日の成人式に私の発作がないんですって、そんなことないわね」といいましたら、母も五井先生が守護霊さま守護神さまがいらっしゃる、とおっしゃれば、そうなんだとわかりますが、まだ実際にお目にかかっていないので、この子はあんまり苦しいのでとうとう頭にきたのか、と半信半疑で思っていたそうです。
五井先生にそのことを申上げましたら「本ものだったら、守護神ってすごいね」とおっしゃって、一月十五日を迎えました。さあ今日は発作がないんだ、今まで一日の中、十時とか十二時とか時間が決まって発作があったのが、それが十時になっても十二時になっても楽なんです。一時二時になってもなんともない。その日一日本当に発作がありませんでした。
ああ本当になかった、神さまってご自分でなさろうと思えばなんでもなされるんだ、私がこうなっているのでも、みんな神さまがやっていらっしゃる。今まで何ケ月間発作がつづいているのを、一日だけ自分の力でなくそうなんて思っても、そんなことはあり得る筈がないのに、神さまの手にかかったら難なくお出来になる。そうすると今まで神さまは全部ご存知で、心も体もすべて神さまがやっていらっしゃるんだ。そしたら自分がそんなに苦しむことない、委せてしまえば神さまが適当にやって下さるのだと思いました。その時お兄ちゃまが、成人式なのにどんなに苦しんでいるだろうと思って、ワンチャンの縫いぐるみを買ってきてくれて「成人式おめでとう、早く元気になってね」といったのを覚えています。それが私の成人式でした。初めて一日だけ神さまは苦しみを除いてくれました。そして翌日から例の如くまた発作が続きました。けれどもだんだん神さまの愛を深め、これも全部消えてゆく姿なんだ、自分の前生の消えてゆく姿、また自分の先祖が悪いことをして、農民を苛めたり、首を切ったり、でたらめなことをした結果、私が因縁があって役目上それを刈りとらなければならない。そういう運命に私は生まれついたんだ、ということを守護神さまからだんだん教えていただきました。
尚(しょう)家の誰か一人が犠牲になって、その役目を受け持たなければならず、私が選ばれたのなら、いろいろなことを経験しながら役目上しなければならないんだ、と私は思いましたが、父は娘が可哀そうで「何故ご本家があるのに、分家のうちの娘が選ばれなけりゃならないんですか」と、先生にごねて申上げたこともありました。
そうしているうちに、私は暗いながらも、なにもわからないながらも一本の光の筋が入ってきました、母も私の看病で手一杯でやせ衰えて、もう肉体の限界がきてしまい、家ではこれ以上養生できないからと、先生が引取って下さいました。それからはどうやらこうやら家のほうもうまくいって、私も身内のきゅっとした愛情から解き放たれ、藤井さんに看病して貰いました。強い藤井さんに、把われていちゃ駄目ですよと、はっぱをかけられ、めそめそしていられなくて、なんだってかんだっていいわ、神さまがみんなやって下さっているんだからと、ひどい下痢の時でも、炒飯食べたり、滅茶苦茶な生活の時もありました。
そのうちにまともな生活に帰って、自分の運命というのが一層はっきりしてきました。自分はもともと二十歳ぐらいしか命がなかった。あんなに幸せな生活の中でなぜあんなに求めつづけてきたのか、なんとなく自分は若死にするんだという気持が神さまと結びついて求めつづけていたのだ、母にも私は二十五、六で死ぬんじゃないか、といっていたそうです。
私の予感通り短命だったのを、あとの命を神さまから授かってこういうお役目を頂いているわけです。


すべて神さまがやって下さっている
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皆さまも私と同じように、自分の一生、自分の命というものがありますけれど、守護霊さま守護神さまはいつどんなことでもなされるのです。発作のこと一つとっても、もうその人の限界がきたなと思われたら、この世では絶対に不可能なことでも、いとも簡単になされます。ということは全部神さまがやっていらっしゃることです。私がのんべんだらりと優雅な幸せな生活をしていたんでは、守護霊さま守護神さまの話を説く資格がないわけで、皆さまより以上苦しむことが必要だったわけです。
その苦しみたるや大変なものですし、同時に周りに大変苦労をかけました。多くの人の犠牲の上に、こうやって生きているのですから、そのためにもっともっと人のために役立たなければいけないし、役に立たせていただきたいし、神さまの天命というものを一生懸命完うしてゆきたいと思っております。
そのように神さまは、守護霊さま守護神さまはどんなことでも可能になされるすごい方なのです。だから私たちが今与えられている試練を取り除こうと思えば、簡単に取り除いて下さるのです。けれどもそれを取り除かないでまだ見守っているというのは、その人の心にそこから逃げたいとか、怠けたいとか、なかなかそこを卒業させてくれない何かがある。消えてゆく姿に処する態度がどこかに安易なところがあるからで、潜在意識に世渡りをうまくしてゆこうというずるさ、安易さがある間は、本当に魂の底からわからせるために、神さまはなかなかその苦しみ、悲しみ、痛みをとって下さらないのです。
本当にわかった時に神さまは、もうこの人は本心からわかったなと思われたら、不可能だと思うこともぱっと直り、その苦しみは取り除かれます。それを私は声を大にしてはっきりと申上げられます。どんな苦しみでも神さまは取り除いてくれます。私たちのその消えてゆく姿に対して、すべては自分のための神さまの愛なんだと感じた時、それは本当に短かい期間に卒業させていただけます。


神さまは愛です
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神さまは愛です。本当にすばらしい愛です。私たちがいつも苦しまないように悲しまないように抱擁して下さいます。だから私たちは安心して今どんなに苦しかろうと、どんなに辛かろうと、安心して神さまにすべてを委していらっしゃればいいのです。私の発作のことを思い出して下さい。ああ神さまがなさっていらっしゃるんだと、深く深く思って下さい。成人式の一日だけ発作を取り除こうと思えば、取り除かれるだけの権限を持っていらっしゃるんです。取り除かれないというのは、なにか自分に足りない所があるのです。だからそれに早く気がついたら、簡単にそこを卒業できます。
自分で自分の消えてゆく姿を大きくすることもなければ、大きいものでも神さまの愛、信仰の力で小さくすることもできます。大きくするのも、小さくするのも、自分が神さまの愛を本当に信じているかいないかの差だと思います。神さまを愛して損なことはないんですから、神さま神さまと慕い抜く。
だから本当に神さま有難うございます、神さまは有難いんだなあ、神さまは素晴しいんだなあと、自然になんの衒いもなく、心から感謝が滲みでている時には、もうその人は救われていますし、もう苦しみは取れています。

自叙伝『明日はもっと素晴しい』の「あなたは守られている」より抜粋