我即神也の印Q&A(Page 4/4)

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Q. 我即神也の印は誰が考えたのかという質問をよく受けますが‥‥。
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我即神也の印は人智によって考案されたものではありません。地球人類が自分たちの神性に目覚め、難なく二十一世紀へと進化を遂げられるようにと、宇宙根源の世界から降りてきたものです。
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Q. 西園寺昌美先生はこの我即神也の印を地上で最初に受け取られた方ですか、どうしてそんなことが出来るのかと不思議がる人もいます。
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本当は誰だって宇宙根源の世界からの啓示を受け取ることが出来るのですよ。しかしながら今の地球は、嵐の中の荒れ狂う海原のようなもの。不調和の荒い波が逆巻いていて、普通の人が宇宙根源の霊妙微妙なる波動をとらえることは容易なことではありません。
五井先生は私がそれを受け取る役目をすることをお望みになって、私が二十歳になった頃から訓練を始められました。その訓練には、それこそいろいろな段階があったのですが、いずれ自叙伝を出す時に詳しく書きたいと思っています。
私が何時いかなる時にも、どんな局面に相対しても、常に不動心で平静でいることが出来るのは、その五井先生の訓練の賜物なのです。
五井先生は1980年に肉体世界を去られましたが、今も宇宙根源の世界からご指導を続けてくださっています。私への指導というのは、肉体と心の両面に及びます。うちの会(白光真宏会)の人は皆知っていることですが、以前、毎日8時間祈りつづける(統一状態で)という課題がありました。その課題は、私がアメリカ、ヨーロッパなどの外国にいる間、数ヵ月続きました。
それは実に深い祈り(統一)でありながら、いろいろな働きも同時に持っていて、とてもこの世の言葉では言い尽くせません。その中には印の多様性を学ぶということもありましたし、また一方で自分が身を置く国や大陸の不調和を浄めるという働きも含まれていました。こういった課題をこなすうちに、私はどんどん、より微妙なる宇宙根源の波動をキャッチできるようになりました。そしていよいよ“我即神也の印”が、時と場を得て宇宙根源の世界からこの地上に降ろされた時、私は見事に受け取ることが出来たのです。
それは譬えていうならば、ラジオの電波をとらえるような感じです。
何か或る大事な番組を聞きたいと思いながらも、やみくもにダイヤルを回しても聞こえるのは電波ノイズばかりです。しかしながらよく訓練された人であれば、その電波ノイズの中から音声を拾い出すことが出来ます。私の宇宙からのメッセージの受け取り方はそんな感じなのです。
こんなふうに言えば、まるで私がたった一人でこの任務をこなしているかのように聞こえるかもしれません。ある意味ではその通りなのですが、皆様の世界平和の祈りの応援は、私がこの任務を完(まっと)うするに当たって大いなる助けとなっているのです。いつも皆様に心から感謝しています。
次に知っていただきたいのは、ひとたび私が"我即神也の印"を受け取ったならば、他の人々もこれをキャッチしやすくなるということです。
これも譬えていうならば、山登りを想像してみてください。あたり一面に背の高い草木が生い茂り、何処に頂上があるのか、どうやって辿り着くのか、まるで見当もつかないとしましょう。でもそこに前の人が歩いた小道があったならば、次の人はずいぶん楽になるでしょう。そしてそこを次々に人が通る度に小道は徐々に大きくなり、ついには大勢の人が楽に山に登ることが出来るようになるのです。この最初に小道をつける役目が、私ということなのです。
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Q. 最初に宇宙根源の世界からこの印を受けられた時、どんな感じで受け取られたのですか? 誰かがやってみせてくれたのか、あるいはご自分の身体を通して感じ取られたのか‥‥。
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それは身体を通した感じに近いものです。
私が統一して宇宙神から印を受け取る時、誰かがやってみせてくれるわけではありません。何に譬えればいいかと言うと、強いて言えば一度にすべてが見える映画、あるいはコンピューターやインターネットの仕組みのように、大がかりであって細かいところまで正確なもの‥‥。それは細部に渡るまで鮮明にはっきりと見えます。完壁なものです。
そしてもう一つ付け加えるならば、それは三次元世界の映像ではなく、四次元的な視界なのです。四次元的視界というのは、一方からではなく、あらゆる角度から一度に見渡せます。つまり、上からも、正面からも、側面からも、内側からも、一度にすべて明晰に、一瞬にして見渡せるものなのです。
それは、一瞬の間に、それこそ全く完壁に届くのです。
例えば、あなたが一枚の紙のような二次元的なものの上に、三次元の物体を描くとしたら、点線などを用いて見えない部分を表現しなければなりません。
印をこの三次元世界の制約の中で表現するのは、それよりもはるかに難しい作業なのです。それでもあえて表現するならば、本来一つのものである印を幾つかの部分に分けて説明しなければなりません。
手の動きとか、視点のありかたとか、呼吸の仕方とか‥‥これらは本来一つの動きなのですが‥‥。私の印を人が見ても、それはある側面をとらえたに過ぎません。前から見る人には私の後ろは見えず、私の手の裏側も見えません。私の呼吸すら感じることは出来ません。特に呼吸は大変重要なものであり、私が常々ゆっくり呼吸をしなさいと言いつづけているのも、このためなのです。
もしもあなた方が本当に正確で完壁な印を組めるようになったならば、あなた方の肉体は完全に調和して、病気もたちどころに治ってしまいます。しかしそれにはもっと数多くの練習を積まなければなりませんが、嬉しいことに皆さんの印は日々素晴らしくなっています。
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Q. 印のすべてを一度にとらえるということについて、もう少し詳しく教えていただけませんか?目で見る感じではないと言うことですが‥‥。
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そうです。それは目で見るものではありません。視覚を越えたものなのです。四次元的にものを見るということは、一つの視点に止(とど)まることなく、時間空間の制約なしに瞬時にして何処へでも移動して情報をとらえるということです。
一つの例として私たちがあるビルを見ていると想像してください。それは病院としましょう。四次元的な目でこれを見た場合、建物の外観以上のものが見えてきます。その建物の中の別々の部屋にいる一人一人の患者さん、そしてその健康状態まで把握できるのです。誰がやがて退院してゆくのか、そして誰がまもなく死を迎えるのかということまでその場で分かるのです。この人は今気分がいい、あの人は身内を亡くした人だ、などということが即座に分かるのです。四次元的なものの見方とはこのようなものです。
あなた方が印を組んでいる時、あなた方の肉体の状態も同時に見えます。血管が、筋肉が、骨が、内臓が、そして細胞の一つ一つまで、細部に至るまで、私にははっきりととらえることが出来るのです。あなた方の細胞がどのように動いているのか、どうやって働いているのか、どんなふうにして作られていくのかをつぶさに観察できるのです。そしてあなた方の組む印が、自らの一つ一つの細胞や遺伝子に活き活きと働きかけていくのが分かります。だから常々私は、印というものは調和を生み出す最も確実な方法だと述べているのです。
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Q. だから先生は、印は科学だとおっしゃるのですね。
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その通りです。四次元の世界から見れば、結果は明白であり、実証済みのことなのですから。何となくとか、想像上のこととか、そんなものではないのです。四次元の世界ではどんな部分でもすべてはっきりと識別できます。だから、印が調和したエネルギーをもたらし、肉体細胞を活性化させると断言できるのです。この “活性化”というのは “目覚め”を意味します。印は我々の細胞が本来持っている無限なる能力を目覚めさせるのです。
印は複雑で難しく見えるかもしれませんが、ぜひ挑戦してみてください。また、あなたの出来る範囲で、我即神也の宣言文を唱えればいいのです。あるいは「我即神也」と唱えつづけたり、宣言文の最初の一行「私が語る言葉は神そのものの言葉であり‥‥」の部分をくり返しくり返し唱えてもいいのです。
私たち人類は瞬々刻々、努めて自らの意識を高め上げ、本来の無限なる能力を引き出してゆかねばならないのです。
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Q. 最後にお聞きしたいのですが、もし肉体的な理由で印が組めない時はどうしたらいいのでしょう。
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今、病床にある人も、腕や指が不自由な人も心の中で印を組むことが出来ます。イメージの力を使って心の中で正確に印の各動作を描いてください。また、発声が出来ない時は、気を集中させて心の中で正しく発声してください。
たとえ私たちの肉体がどんな状態にあろうとも、私たちの霊的なボディは常に完全であり完壁なのです。私たちの霊体は心でイメージした通りに印を組んでいるのです。
(1999年2月・4月)
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