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今月の法話
2009/01
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月刊「白光」に掲載された法話の抜粋です。



世界平和の祈りによる統一.

西園寺 由佳

今月の法話について

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統一 本来の自分と出会う空間
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多くの人々は未だ、自分は肉体だけの存在だと思い込んでいます。そして自分の力がすべてだと信じ、個としての自分を生きていきます。するとあらゆる物事を、自分中心に捉え、掴むようになり、また自分はすべてから切り離された存在だと思うようになっていきます。それは本来の生まれ持った私たちの姿でも目的でもありません。
この現代社会で生活していると、誰もがこのような状況に流されていくと思います。真実がどこにあるのか、見失ってしまうことが多々あるのです。競争があり、差別があり、戦いがあり、苦しみがあり……その中で生きているうちに、自分で自分を守らなければ生きていけない、誰も自分を助けてくれず自分は孤独だ、といった意識が生じ、本来の自分からどんどんかけ離れ、心を迷いこませてしまうのです。
でもそれは真実ではないのです。本心に出会えばすべてとつながり、永遠である自分に出会えるのです。前回の『人間と真実の生き方』の中で書かせていただいたように、本来の人間の法則を掴みさえすれば、迷うことなく真っすぐと自分の人生を完うし、歩んでいくことが出来るのです。本来の自分の姿を現わしていけるように、分霊である自分を自分の中に見出せるように、そのために統一行があるのです。
そして統一の中で、本心の真我に向かって少しずつ昇っていくと、自分の中から心の平安が溢れてくるのです。自分の命がすべての現象とつながり、すべてのものと一つになっていくことで、本来の自分が静かに現われてくるのです。自分の中の神性が引き出されていく瞬間です。日々の想念から離れ、本心の自分に戻る、そのために私たちは統一をするのです。


自然体でお任せするのが統一のポイント.

では、統一をする際、何が大切なのでしょうか。それは世界平和の祈りのひびきに心をゆだね、お任せすることだと五井先生はおっしゃっています。◯◯しなければいけない。苦しい修行を超えていかなければならない。などというのは、私たちの作り出した思い込みなのであります。それは私たちの頭の中で考える、統一はこうあるべきだろうという姿なのであります。そうではなく、統一とは本来の自分を内側から現わしていくことであるから、自然体でゆったりした、平安な気持ちで統一することが大事だと、五井先生はおっしゃっています。そしてひたすら静かに世界平和のひびきにのることが大切なのです。世界平和の祈りは、まさしく神の心と一つの祈りであります。ですので、そのひびきにのると、自然と自分自身が世界平和の祈りのひびきになり、それこそ神のひびきとなるのです。それにより、自分自身の神性も意識もドンドンと高まっていくのです。
五井先生はこうもおっしゃっていました。
「まず自分が真っ先に明るく穏やかな心になることです
この自分を立派にすれば周囲も自然とよくなっていきます
そのためには神と人間は別々だと思っている想いから離れて
自分が神と一体であったことを思い出し認識することで
そのために世界平和の祈りによる統一をするのです」
世界平和の祈りはらせん階段のようなものだと昌美先生はよくおっしゃいます。ぐるぐる、ぐるぐると同じ場所を回っているように思えるかもしれません。でも確かにその階段は上に向かっているのです。エレベーターやエスカレーターのように急速に昇るようなものではありません。でも確実に、自分の力で昇っているのです。らせん階段というのは、最初は景色も周りもまったく変わりません。でも、ある瞬間ふと気づくと、自分はかなり高い所にいることを知るのです。今まで同じレベルで見ていた状況も、少し高いレベルから見下ろすと、解決策が見えたり、状況が楽に思えることがあります。
このように、統一を行なっていくと、今まではすぐにカッとしたり、人と対立していた自分や、まるで迷路のように永遠に続くと思っていた苦しみの中から、ふと抜けだしている自分に出会うことがあります。これは今まで行なってきた統一中の状況が、持続している証拠なのです。そして、日常生活の中でも、常に大丈夫だと安心し、落ち着いて物事を見ることが出来るようになっていたりします。これはなぜかというと、自分の中には本心とつながり、また守護の神霊ともつながっている自分が常に存在しているからなのです。(後略)


「白光」2009年1月号より